Column - 

Fuji Rock Festival 04


人生でわくわくする時ってどれくらいあるだろう?
うれしくて眠れないような夜も

フジロックに出発する前夜も、そんな感じだった。
旭川を発つのは午前6:00。ほとんど眠れなかった。
しかし、これから汽車やフェリーの旅。寝る時間はいくらでもある。

旭川から札幌まで、そして乗り継いで小樽のフェリー乗り場まで。こういうときに気になるのが、同じ目的の人がいないか。
つまりは、フジ・ロッカーがいないかどうかです。
小樽駅までは全く分からなかったけど、フェリー乗り場には大きなデイパックを持った人が2,3人いた。身なりから明らかにロッカーという感じである。そうは言いながら、僕の格好はきっとロッカーには見えなかっただろう。髪も真っ黒だし。

人生で初めてのフェリーに乗船。中はネットで見るとすごく豪華に見えるけど、意外と狭かった。しかも、風呂や売店も時間が決まっていて不便であった。しかし、それ以外はたいした揺れもせず非常に快適な旅でした。用意していた文庫本は2冊とも読み切り、「日本VSイラン」戦にいらいらしながらフェリーで一晩過ごしました。
 新潟港に到着が午前6時。気が付けばもう港に着いていて、誰もいなかった。めちゃめちゃ焦りながら準備をして下船した。
 新潟は朝っぱらから暑かった。北海道人には明らかに質の違う暑さが分かる。このじとじとする感じ。朝から倒れそうだ。
 バスで新潟駅へ。越後湯沢のシャトルバスが12:00からだから急いで乗ることもないのだけど、かといって駅でぶらぶらするのも苦痛なので、7時台の新幹線に乗った。
 8時30分頃に越後湯沢駅に到着。超快晴!ここにもフジ・ロッカーがたくさんいるのではと思ったけど、全然いなかった。というより人自体が全然いない。観光地だと聞いていたけど、こんなものなのかな。


 シャトルバスまでまだまだ時間がある。そこで、路線バスで行くことにした。バス停で待っていると、ぞくぞくとフジ・ロッカーが集まってきた。ルースターズのTシャツを見ている人を2人発見。すごく愛を感じました。

 苗場に付いたのは10時くらい。リストバンド交換所にはまだそんなに人は集まっていなかった。前夜祭からということで、まだ鈍かったのだろう。腰を下ろし並んでいると、パラパラと落ちてくるものが、雨だ!!なんでよ、湯沢はすごい晴れていたよ。雨は時折強くなったりもしたが、思った以上に降らなかった。

 12時を少し過ぎて、リストバンドの交換が始まる。割とスムーズに進んでいる。渡されたバンドは2つ。一つは会場用。これはICチップが付いていて、会場の出入りの時に機械に手をかざし「ピンポン」となれば入場を許可されるのだが、パソコンの画面に大きく○が映し出され、なんかウルトラクイズみたいでした。もう一つはキャンプ用これは緑色で普通のものでした。

 あらかじめ宅急便で送っていた荷物を取りに行くが、これが大変だった。荷物は整理されていなく、山積みの中から自分の荷物を探すのだから。みんなブーブー言いながら探していました。そのタイムロスが響き、テントを張る場所がすでにかなり埋まっていました。若干遠いながらも平らなところにテントを張り、宿舎完成。

 前夜祭は最初は盆踊りのようなものをやって、それから抽選会などが行われました。これは正直さむかったです。こういうのはいらないよ。レッド・マーキーの前でライヴを待ちました。

 そしていよいよライヴ開始。最初のDJは雰囲気をよくつかんでいて、ドアーズ「Break On Through」ルースターズ「CMC」などで大いに盛り上がりました。ラストがJudeなので、粘ってずっといようかと思ったのですが、みるみるうちに眠気が襲ってきて、あえなく断念。11:30床につくという、初日からして見事な「やられっぷり」でした。

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